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私に3分お時間を下さい この手紙は、日曜の夕方になると激しく憂鬱な気分になっていたあなたを 笑顔に変えることをお約束します うつ病を改善し、笑顔あふれる毎日を送り始めるあなたへ。 この手紙を読んでいただいているあなたは、うつ病で毎日を悩んでおられるも、 絶対に改善したいという強い気持ちを持っておられる方だと思います。 では今から大切なことを申し上げます。 そのお気持で正しい改善方法を実践すれば、うつ病は改善できます。 残念ながら、どのような病気でも治そうとする気持がなければ治りませんし、 薬では病気を根本から治癒させることもできません。 さらに残念なことが、 治そうとする気持があっても、間違った方法であれば改善の兆しがないどころか、 逆に悪化してしまう可能性もあるのです。 では正しい改善方法というのはどのようなものなのでしょう。 こんにちは!うつ病改善アドバイザーの山田直樹と申します。
『新型うつ』といわれる病気なのです。 聞きなれない病気かもしれませんが、 現在、精神科を訪れる人の大半がこのような症状であるといわれています。 私が同じ症状で苦しんでいた時には、このような病名は存在しませんでした。 その上、病院を転々とした際も、全てのお医者さんの診断はそれぞれに異なる病名だったのをよく覚えています。 中には、「人格障害」の疑いがある、とさえ言ったお医者さんもおられました。 私にとってはどのような病名であろうと、苦しい症状に変わりはありません。 誰にも理解されない、医者も話を聞いてくれない、飲まない薬だけがたまっていく、 私は腹を決め、自ら改善の糸口となる方法を、自分の身体と心をリトマス紙のようにして実践し続けました。そしてその時に私は、ある考え方にヒントを得たのです。 それは、『この症状は「うつ病」なんかではなく、誰にでもある「うつ状態」が長く続いている現象が起きているだけだ。』と考えたのです。 常にこう考えることで自分が「病人」でなくなり、 「うつ状態」であった心と身体が、正しい改善方法によって、みるみる「正常」に戻っていったのです。 そして現在、その考え方が基になった改善方法で、医者も首をかしげるその症状を解明し、私の講演やセミナー、カウンセリングによって、同じような症状で苦しんでおられる方を短期間で改善させているとしたら、 あなたも、是非試してみたいと思いませんか? そしてこの正しい改善方法を今すぐ試すと
私は自分の改善過程の中で、 長引く『うつ状態』を改善させた方々が、自ら無意識にあらためていた ある共通した習慣を見つけたのです。 この習慣は非常にシンプルです。 私はこの習慣を、 1日たった9分のトレーニングを自宅で行い、わずか35日で長引くうつ状態を改善できる プログラムにしたのです。 そしてなぜ今回、このプログラムをインターネットで多くの方に販売しようと考えたのかは、 この手紙を読み進めていただければ、私の気持ちがよくおわかりいただけると思います。 もちろんまだ「新型うつ」と診断をされていなくても、あるいは見当違いの病名をいわれていても、 あなたに思い当たる先ほどのような症状がでているのなら、是非この続きを読んでみてください。 『「うつ病」ではなく、「うつ状態」なんだ、だから改善するんだ。』 そうです! そのような考えで、一人でも多くの方にこのプログラムをご活用いただき、幸せな生活をおくっていただくことが出来れば、私にとってそれ以上の幸せはありません。 では早速、あなたに新型うつ病改善プログラムのお話をしていきたいのですが、その話をする前に、まずは私がパニック障害を発症し、その後うつ病を発症・改善するまでに至った経緯を少しだけあなたにお話させていただければと思います
何度そう思ったかしれません。 それは、震災直後に発症したパニック障害で疲れ果て、さらに追い打ちをかけるようなうつ症状で周囲の人の信用をなくしてしまい、 どこかで地震が起こるたびに、また病気になるのでは、と、何かに怯えながら過ごした時の記憶を鮮明に覚えているからです。 辛かった時のことを思い出し、話をすることは誰しも勇気のいることです。 そして、私の両親はこの時の私をすべて知っているわけではありません。 後に知ったからこそ、今になって私の事を心配し始めるかもしれません。 しかし、私がこの時の事をお話しすることによって、うつ病で悩む方の苦しみが少しでも楽になり、少しでも勇気づけられるのであればと思い、お話する決心をしました。 それではお話を始めさせていただきます。 私は昭和40年、大阪のごく普通の一般的な家庭の長男坊として生まれてきました。 父と母、それに兄弟は弟が一人の4人家族で、小さい頃から活発で、小学校の時よりクラスではリーダーシップをとるような存在でした。 勉強はどちらかというとあまり得意ではありませんでしたが、 生まれ持った運動神経の良さを活かして、高校卒業後は体育の専門学校へと進みました。 卒業後は、大阪でも有名といわれるホテルに就職し、職場でも上司や先輩に可愛がられ、仕事をしているのがとても楽しかったのを思い出します。 そして、私が25歳のとき結婚。 これからの自分の人生に期待して毎日を楽しく過ごしていました。
その後2年ほどで神戸へ引っ越しをすることになったのです。 真新しい新築の住まいでした。 ベランダからは海と山が見え、行き交う船を見つけては子供のようにはしゃいでいた自分を覚えています。 その時は仕事も充実していて、そして子供にも恵まれ、 まさに、自分の人生は順風満帆、文句のつけどころない人生を歩んでいました。 しかしその時、そんな生活ももう終わりに近づいていたのでした。
1994年1月17日午前5時46分最大震度7の地震が兵庫県南部を襲いました。 後に、阪神・淡路大震災とよばれた大地震です。 震災前日の夜、私は会社の同僚と阪急三宮駅の高架下の寿司屋で酒を飲んでいました。 家に帰り、また明日もいつもと同じ朝で始まるものだと、疑うことなく布団へ入りました。 そして1月17日早朝、忘れもしないあの大地震が襲ってきたのでした。 「ぐらっ!」ときた瞬間、反射的に目を覚ました私は、「地震!?」と思うやいなや、 と、同時に小型飛行機が自宅に突っ込んできたかのような、耳をつんざく激しい音と ふっ飛ばされそうな揺れに、私はベッド横の柱につかまって、ただ意味不明な言葉をわめいていました。 薄暗い中、冷蔵庫の上の電子レンジが平行に飛んできて、壁に穴を開けたのがわかりました。妻子は家財道具の下敷きになっているようで、2歳になったばかりの子供の泣き声だけが聞こえていました。 「生きてるかっー!!」生まれて初めて使った言葉でした。 このあと、どのようにして妻子を助け出し、住宅裏のグランドに避難したのか、 今になってもところどころ記憶がないのです。 玄関の鉄製のドアは、アルミ缶を横につぶしたようにペシャンコになっていて、 ガスが充満する室内からなかなか出る事ができなかったり、 グランドの地面は見たこともないような地割れがしていたり、 あちこちの瓦礫の下からは助けを求める声がしていました。 グランドにしゃがみこみ、パジャマ一枚の子供を温めるようにしっかりと三人で手をつなぎました。 何からどうしたらよいのか… 太陽が昇り始め、少しずつ目を疑う光景が現れだしたとき、これは地震だったのだと改めて理解できたのでした。
私はそこから通勤する毎日が始まりました。 この時も、全壊した神戸の家はそのままで、立ち入り禁止になっていて中に入ることもできない状態でした。 この頃、私の頭にはハゲができていました。円形脱毛症といわれるものでした。 当然、地震のストレスだったのでしょう。 職場での被災者に対する接し方も、日増しに冷たいものになっていきました。 最初のうちは社交辞令も手伝って、お見舞いの言葉もかけてもらいましたが、 2週間もすれば、被災者同士でする被災地の情報収集なども隠れてしなければならなくなりました。 「まだ地震の話をしてるのか…」あちこちでそんな目に見張られているようで、 私は無理にでも明るく振舞おうと努力していました。 これが現在、多くの職場うつを作り出している現状なのではないのかと思うのです。 社会全体が人のこと、都合の悪いことはみんな対岸の火事のように扱ってしまってるのではないでしょうか。 地震のショックとそんなストレスの中、ある日、私の身体が異常を知らせました。 地震からちょうど1ヶ月たった、2月17日の朝。 私は目が覚めると「あれっ?」と、いつもの二日酔いのだるさとは違う、 やたら息苦しく、「なんだろう?」と思いながらも洗面所へ行って顔を洗い水を飲みました。 気がつけば心臓が激しく打っており、そのうち完全に呼吸ができなくなりました。 私はその場にしゃがみ込んでしまい、意識が遠くなっていくのを感じていました。 「死ぬ…」本当にそう思いました。 発作は30分ほどで治まり、私はそのまま入院することになりました。 いろんな検査をしましたが身体に異常はなく、一週間ほどで退院となりました。 しかし、同じような発作はそれからも続き、何件か病院を回った結果、私の病気はパニック障害であることがわかりました。 発作が起こるのでは、と考えると電車に乗るのが怖く、家のトイレや風呂でさえ一刻も早く出ようとしていました。 ある時、散髪屋に行って、髪を切り始めて間もなく発作が起きそうになり、そのままヘンテコな頭のままで家に帰ったこともありました。 もし、このままこれが一生続いたら、生きる楽しみなど何もない、と考えるようになっていました。
その頃パニック障害の発作は少し治まっていたのですが、この頃よりどういうわけか休みの日は何もしたくなくなり、夕方になると経験したことのない重い気分になるのです。 しかし、以前に数回続けてパニック発作を起こした時に、「弱い」「もっとしっかりしてほしい」と家族に言われたことを思い出すたび、今回は家族には打ち明けれない、と悩むことがさらにストレスになり、 小さな家の中に自分の居場所すらなくなっていました。 あれだけやりがいのあった仕事に行くことすらままならないようになっていました。 テレビのお笑い番組で、出演しているタレントさんたちが笑ってばか騒ぎしているのをみて、自分だけがなぜこんな苦しいのか、と考えてしまうこともしばしばで、ささいな事で激しく怒ってしまったり、誰とも口をききたくなくなったり、日によって天と地ほどの気分の差が出るのでした。 ところが大好きな釣りに行く時にはなぜか元気になるのです。 そんな私の事を家族は非難しました。 でも自分ではどうしようもないのです。 しかし、毎日の不安と苛立ちがそんな生活を長く続けることを困難にしていました。それから1年後、私は離婚することになったのです。 今思うと、震災にあわず、パニック障害やうつになっていなければ離婚などしていなかったのかもしれません。 どれもこれも運命と思うほかありませんでした。 やりきれない日が続き、あんなに頑張っていた仕事も、もうどうでもよくなって来ました。 暗い気持ちで毎日を意味なく過ごしました。 会社に行きたくない毎日、こんな気持ちを味わったのは生まれて初めてでした。 「パニックが終わったら、今度はうつかよ…何百万円かかってもいい、もとの自分に戻してほしい…」 「うつではありませんよ!」と言って欲しいがために、 何軒も病院を回りました。同じ問診をされて、同じことを答えているのに、 もらってくる薬に同じ物はほとんど見当たらなく、全部が毒薬に見えました。 当然、製薬会社の違いはあるのでしょうが、それでも、 気味が悪くて一回も飲んだことはありませんでした。 病院で「うつ」であると診断されても認めることをせず、しかし、 自覚したくないうつ症状に悩まされる日々が続きました。 ところがある日、会社から帰りの電車に乗っている時でした。 その日はいつもより遅くなり、少し疲れもあって車内で眠ってしまいました。 ふと目を覚ますと、「来た…」、急な激しい動悸と呼吸困難、忘れかけていたパニック症状でした。 私はあわてて止まった駅で途中下車しました。 発作が治まり、その電車が最終電車であったことを知ると、私は駅のベンチに座ったまま動けなくなりました。駅員さんはそんな私を申し訳なさそうにうながしました。 「俺は、なんしに生まれてきたんやろ…」 新型うつ病はパニック障害と深い関係を持っていて、パニック発作がうつ症状として現れる事は普通だということは、後からわかったことです。 小さい頃からリーダー的存在で頼りにされていた自分は、もうこのとき、どこにもいませんでした。
しかし、相変わらずうつの症状はいろんな形を変えて発症し、時折パニック発作もありました。 ある時、「もうこれで最後にしよう…」と、行きつけだったスナックのママの紹介で心療クリニックを訪れました。 以前、いろんな病院で受けた問診とほぼ同じことを聞かれ、地震のこと、パニック障害のこと、現在のうつ症状のこと、一生懸命に話しました。 お医者さんの診断は、「人格障害」でした。 私は耳を疑いました。 現在はパーソナリティ障害とよばれることが多いそうですが、 そう言われた時のショックはかなりのもので、私は茫然としてお金も支払わずそのままクリニックを出ました。 そしてこの日から自分との闘いが始まったのです。 私がまず始めたのは、阪神大震災での恐怖を忘れることからでした。 地震を記憶から消すのは当然無理なことです。 問題は、地震につながってしまっている記憶なのです。 そこには、恐怖、死、不安、火事、パニック、離婚、借金、その他さまざまな感情も入り乱れています。 私はそれらのことをすべて書き出すことにしました。 新しいノートに日付を入れ、 毎日次から次へと地震から思いだす感情、実際に見たもの、聞いたものを書き続けました。 思いだす内容はつらく苦しいことばかりで、笑いながら書けることなどごくわずかでした。 書いているうちに余計に気分が落ち込み、「うつ状態」が悪化していくのがわかるのです。 涙を流しながら書くこともありました。 「もうやめよう…、こんなのやっぱり無意味だ…」 深い深い場所に閉じ込められていた記憶を掘り起こす作業は、予想以上につらく、 何度もやめようと思いましたが、「人格障害」と言われた怒りが私を奮い立たせました。 そして二週間くらいたったころでしょうか、私はあることに気付き始めたのです。 ノートに書かれている半分くらいのことは、 地震に体験してなくても今の生活、職場からでも感じられるストレスだったのです。 原因は過去にだけあるのではない。 私は改善へのひとすじの光を見たような気持ちになり、今度はまた別の新しいノートに、一日の自分の気分を覚えているかぎり、時間ごとに書き出すことにしました。 気分が良かった時間も落ち込んだ時間も正直に書き込み、 そして気分が良かった時のみ、思い当たる原因を探して気ままに書きこむのです。 書き方にルールは決めませんでしたが毎日書くということだけをルールにして、 おおよそ2カ月続けたころ、ノートはいろんなタイトルで6冊になっていました。 その一冊の、「気分ノート」と名付けたノートには、すべて自分の字で気分が良くなった原因があちこちにびっしりと書かれていました。 私は宝物を手にした気持ちでした これこそが、新型うつ病改善プログラム内にも紹介しています、 『世界にひとつだけの日記』の誕生だったのです。 この日記をつけ始めると、 ○過去のトラウマを現在にさかのぼって解消することができる ○症状の原因が発見でき、自分にもっとも適した改善方法がみつかる ○今日の出来事が未来へとつながっていることを確かめられる ○物事にヤル気がでて、ワクワクし始める 毎日の書き方には簡単な約束事がありますが、 この日記はあなたの改善の大きな道しるべになることは間違いないと思います。 私は改善後もずっとこの日記を書き続けています。 いずれにせよ、まずはやってみることからです! ファイト!
そのノートは、どのページを開いても勇気が出てくる内容ばかりです。 さらに、朝起きてから夜寝るまでの時間内で習慣にできる項目をまとめ、 1日のトレーニングとして自分で実践を始めました。 それは1日たった9分のトレーニングでした。 そして日ごとに重かった身体が軽くなっていくのを感じるのです! 私はその時確信しました。 「うつ病なんかもともと存在しない、気分の落ち込みが長く続いているだけだったんだ。」 私は早速にノートのコピーをして、神戸の被災地へと向かいました。 このことをどうしても伝えたい人がいたのです。 パニック障害で苦しみ始めた当初、人のために身体を動かすことが恐怖を忘れる手段の一つである、という考えで時間を見つけては、震災後の神戸の避難所へ手伝いに行っていました。 このとき避難所には自宅や家族をなくした絶望感で、以前の私と同じようなパニック障害に苦しむ方や、 気分が落ち込んでどうしようもなく、何もする気になれないという「うつ状態」にある方が多くおられ、 私はその後も連絡を取り合っていたその中の一人の方に、どうしてもノートを見せたかったのです。 「死んだらあかん!!絶対に死んだらあかん!」 私は電話口から必死に叫びました。 その方は太田さん(当時46才)とおっしゃいまして、 神戸の仮設住宅で奥さんと高校生のお嬢さんと暮しておられました。 太田さんは震災以前からうつの兆候があり、病院へかかっておられたのですが目立った改善もせず、 そんな時に地震に被災され、自宅を失われてしまいました。 仮設住宅で暮らし始めてからも気分の落ち込みがひどく、 会社も休みがちで家でゴロゴロとばかりし、そんな太田さんから半年ほど前に電話があったのです。 「山田さん、もう疲れましたわ…、死のうかと思います…」 後のご本人の話では、この時、病院でロクな説明もないまま処方された薬に依存して、 日増しに多量の薬を飲んでしまっていたらしく、電話は自殺で有名な和歌山県のとある場所からかけていたそうです。 私の必死の説得に耳をかたむけて下さり、その場はなんとかなったのですが、 その後も放っておけない状態がずっと続いていたのです。 私は早速、太田さんにノートの説明を始めました。 聞いているご本人の様子は元気もなく、真剣に取り組もうとする気が伝わってこないのでした。 仕方がありません。私も同じ苦しみを知っているのです。 一通りの説明を終え、私は奥さんにノートを渡して帰りました。 ご本人に渡すと、捨ててしまうのではないかという心配があったからです。 ところが三週間後、その電話があったのです。
何がどうなったのかわからない私は、一つずつ話を聞いていきました。 たった三週間なので、治った!ということは難しいにせよ、 太田さんご本人が感じている、何かが改善された気分になっていることは確かなのです。 太田さんがおっしゃったのは、ノートの最初に書かれてあることを読んで、まずはヤル気になったと、 そして始めていくと、「治るのでは?」という期待がすぐに起こり、それから二週間後、この電話をもらった日の朝、いつもと気分が全然違ったので電話をした、ということだったのです。 驚きました。 私自身の改善パターンとじつにそっくりでした。 でもそうであるなら、気をつけなければいけないこともあります。 この後、症状は時々戻ってくることがあるのです。 でもそれは改善過程であって、その時にがっかりしたり、あきらめてはいけないということです。 そしてさらに、改善過程で病院へいったり、薬を飲んだりする事は、もっとよくないことなのです。 一度は自殺まで考えられた太田さん、 その後もトレーニングを続けられ、今では見事に会社復帰をされて、家族みんなで幸せな生活を送っておられます。 このことが私の中で大きなきっかけになり、 その後さらに研究をかさねて、『脳』『心』『身体』『環境』からアプローチできる改善方法、 現在の新型うつ病改善プログラムを体系づけたのです。 そしてすでに、このプログラムを実践し、「うつ病が改善された」と いう方々から山のようにうれしい声が届けられています。 ここで全部をご紹介したいのですが、あまりにも沢山の声がありますので、 ここではそのほんの一部をご紹介させていただければと思います。
この方法は非常に簡単なので、中学生でも高齢者の方でも出来るようなプログラムになっています。 簡単なので「根気」はまったく要りませんし、トレーニングを実施するストレスなんかもまったく感じずに続けられると思います。むしろ楽しくてついついやり過ぎてしまいますから、くれぐれもそこは申し上げましたとおり焦らずに、マイペースでお願いします。 好きなときに、好きな場所で、人知れずこっそりと行なうことだってできます。 私は以前、闘病中に複雑に書かれたうつ病改善のマニュアルらしきものを見せられたことがありました。かなり分厚く、難しい言葉が散りばめられていたので、それを読むこと自体がまずは大変でした。 まさに本屋さんで売っている、医者が読む専門書のようなものでした。 読むのに時間がかかり、さらに読み終わった後には何も覚えていない。 「こんなの読ませて何か意味があるのだろうか・・・」 と、疑問に思ったことを今でも覚えています。 私は今回あなたに伝えたいことは、「1日9分」という時間を使った 「新型うつ病改善トレーニング方法」です。 その9分をより効果的に、よりストレスなく、そして楽しく実践していただくことが 私の本来の目的です。 そのため私のプログラムは、伝えたいことをストレートに、そしてよりシンプルに書かれています。 専門家が使うような難しい言葉、法則などは私のマニュアルには一切存在しません。 むしろ、そんなものが含まれていたのなら、私から生きる力を奪った あの「うつ病」が改善しているはずがありません。 実際に既に新型うつ病改善プログラムを実践し、うつ症状が改善された方も、はじめはシンプルすぎて本当に治るのか正直不安だったと言います。 ですが、 私自身が改善され、そして「うつ」の改善者からの喜びの声が後を絶たないのです。 その内容の一部をご紹介させて頂きますと…
実際のプログラムには他にも多くの内容がびっしりと詰まっています。 私がうつ病を改善し、さらに研究を重ねて完成させたトレーニングです。 今回その全てをこのプログラムに詰めこみました。 このマニュアルは、このような冊子としてあなたのお手元にお届けさせていただきます。 (品名の部分には「書籍」と記載してお送りさせて頂きますので、 外見からはうつ病関係の書籍とはわからないように配慮しております。)
もし1日に80人以上が亡くなる感染症が流行したなら、国は本格的に対応するでしょうし、国民もパニックになるにちがいありません。そうなれば誰もがこの問題から目をそむけず、人ごととは絶対に思わないはずです。 「死ぬ気になったら何でもできるのに、死んだらおしまいだよ。」 こんな言葉、よく耳にしませんか? 確かにそうかもしれません。でも、私はこんな事をいう人が大嫌いです。 人間なんて、そうそう強いもんではありません。 実際私も、震災で九死に一生を得たまでは良かったのですが、 その後様々な経験したことのない苦しい日々を送ることを強いられました。 「負けてはいけない!」と思いながらも、普通に生きていくことのつらさ、苦しさは嫌というくらい経験しました。 他の人は平凡に日々を送っておられるように見えて、うらやましく思うこともしばしばでした。 でもそんな時、いつも誰かがそばで励ましてくれていたのだと思います。 その時どきでいろんな方が私の事を心配して下さり、応援して下さり、手を差し伸べてくださり、 いつもどこかで、「がんばれ!がんばれ!」と祈って下さっていたお陰で、今の私があるのだと感謝しています。 心の病気の改善にも、まったく同じことが言えます。 苦しい時、改善しそうな時、あきらめそうな時、応援してくれる人が必要なのです。 私はかつての自分のように、同じような症状で悩んでおられる方へ、 少しでも応援者になれたらと思い、カウンセリングや各地で講演やセミナーを行ってきました。 そしてそこで直接に、このプログラムの内容をお伝えして、多くの改善報告をいただいてまいりました。 しかし今まで、この改善プログラムをインターネットでより多くの方に販売する事は、多少の戸惑いがあったのです。 なぜなら、この改善プログラムは病院やお医者さん、他のカウンセラーがすすめるような一般的な方法とは異なる点が多く、そこは自分の言葉で伝えなければ伝わらないと感じていたのです。 何気にみていたテレビ番組、起業家が言ったひとことで決断できました インターネット上には、同じような改善を目的とした商品がたくさんあります。 「●●をするだけで劇的に…」とか、「これを試すだけで驚きの…」 中身が見れない為、買いたくなる半面、どこか胡散臭さがあるようで、 もし私の改善プログラムも販売するようになったら、同じイメージになるのでは…と。 そんな時、テレビ番組である起業家の話が耳に入ってきたのです。 それは、 「成功者」と呼ばれる世の中の1%の人たちは、その他99%の人々が信じている常識とは 全く違った情報を共有している。ということを話していました。 その99%の人々が共有している常識が正しければ、世の中の全ての人が成功しています。 悩みもありません。私はハッとして、うつに苦しむ人が減らないのもこの理由と同じなのかも、と考えました。 そしてすぐに、文章でも十分お伝えできるようにプログラム内容を編集しました。 ここで、最初にこの改善プログラムが他では知ることのできない、 正しい改善方法と申し上げました理由をご説明しましょう。 それは、『脳』『身体』『心』『環境』これらそれぞれを整える事によって 再発しないうつ病改善へとアプローチできる方法をお伝えしているからなのです。 私の、新型うつ病改善プログラム最大の特徴はここなのです! 正しい改善方法であり、他の改善方法とは少し違うことを実感していただけるでしょう。 そしてようやく自信を持って、このプログラムをあなたにお薦めできるようになったのです。 この新型うつ病改善プログラムは、日々うつ治療に取り組んでおられる、多くの専門職の方々にも是非手にとっていただきたい一冊です。 そして今回は、お一人でも多くうつ病を改善させてあげたい、という私の強い思いから、どなたにでも購入していただける価格にしました。 価格は配送版の場合12,000円(送料・製本代の2,000円込み) ダウンロード版の場合は商品代金の10,000円となります。 このプログラムを10,000円で購入してしまった後には今後一切お金はかかりません。病院やカウンセリングとは違い、毎回高額なお金を支払う必要はまったくないのです。 ちなみに私が現在いただいている、一回のカウンセリング料金は60分10000円(初回は15000円)ですが、60分ではこのプログラム内容を到底お伝えすることは出来ないのです。 その上でこの価格だけでも、にっこりすっきりしていただける価格なのかもしれません。 そして本来なら、これだけ内容が濃いトレーニング満載のプログラムであれば この中の一部を抜粋し、購入される方へお得感を伝えるための「特典」とすることもできたはずだったのですが、 私が真剣に作ったプログラムが、そのような見え透いたお得感を付けることで価値を下げ、他商品とお得感の比べ合いの結果で購入いただくことがあるなら、それは本意ではなかったのです。 ですので、今回はすべて本編にしっかりと組み入れております。 メールサポートも一生懸命やらせていただきますよ。 それよりも、 この新型うつ病改善プログラムを一人でも多くのうつ病に悩む方に伝え、 そして改善していただくことが、私にとって一番大切なことなのですから。 あなたにいち早くこのプログラムを実践していただき、うつ病を改善し、 一家団らんで笑顔あふれる幸せな生活を過ごしていただきたいと心から願っています。 新型うつ病改善プログラムはこちらから簡単にご購入いただけますので、どうぞ今すぐ活用し、苦しみとストレスのない幸せな人生を手に入れてくださいね。
私はそんなうつ病の方の気持ちが痛いほど解るので、お金を出すという行為にストレスを感じてほしくないのです。 だから今回あなたには全額返金保障を付けることにしました。 これは私にとって正直リスクが大きくかかることですが、ご本人、ご家族の真剣な気持ちをどうしても優先したいという気持ちが勝りましたので、今回このような保証をさせていただくことにしました。
そして今回、それでも「不安」に思うあなたの為に、 私が直接あなたの悩みにお答えする、
60日間、回数無制限のメールサポートです。 いかがでしょう、このお約束で心おきなくうつ病改善に取り組んでいただけるかと思います。 是非この新型うつ病改善プログラムを使い、長年苦しまれたうつ症状を改善し、幸せな人生を歩んでください。 新型うつ病改善プログラムはこちらから簡単にご購入いただけますので、どうぞ今すぐ手に入れてくださいね。
なぜ自分だけこんな病気になったのか、とさえ思うこともあるでしょう。 しかし、その病気を克服した多くの人はその病気になったことに感謝します。 その病気によって、普通であることの幸せ感、人の気持ちや思いやり、今まで感じ ることのなかったことにまで感謝の気持ちを表わせるようになるのです。 準備はいいですか?うつ病を改善されるあなたはすぐそこですよ。 長くなりました。 そしていっぱいお伝えさせていただきました。 ここまで読んでくださいまして本当に有難うございました。 私は心からあなたの幸せな生活を待ち望んでいます。 そして、必ずその日が来る事を確信しております。 最後になりましたが、 とてもいいご縁であなたとこうして知り合えたことを本当に感謝しています。 では、笑顔いっぱいの皆様と、またいつの日かお会いできることを楽しみにして います。 うれしい声が本当にたくさん寄せられます。 本当に本当にありがとうございます。 この声を励みに、これからも頑張っていきたいと思います。
最後にもう少しだけお話しさせてください。 これまで「私の改善プログラム」という言葉を使ってきましたが、私一人で完成できた方法ではありません。 この方法を検証し実践できたのは、これまでに私を信じてこのうつ病改善プログラムを購入いただいたたくさんの方々のおかげなのです。 その方々が、「先生、主人の病気が治りました!」「息子が学校に行けるようになりました、本当にありがとうございます!」と 喜びの声を届けてくださり、そして「これからもうつに悩む方の力になってあげてください」と 励ましていただいたおかげでこのプログラムが存在するのです。 だからこそ、私は今回、責任を持って執筆させていただきました。 どうぞ、このプログラムで、あなたに幸せが訪れますように。 そして人が、社会が、地球が変わり、いつの日かこのような病気で苦しむ方のおられない世の中になることを願って、終わりとさせていただきます。 最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
※当商品は全ての方に効果があることを保証するものではありません。病気には様々な症状・病状があり、効果には個人差があります。 |